2005年大会INDEX

2005年日本平和大会in神奈川 国際シンポジウム特別報告


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今野 宏


神奈川原水協代表委員

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米原子力空母が横須賀を母港とすることによる新たなリスク負担


 日本政府は10月の末に在日米軍再編の「中間報告」を米国と合意し、その中で、横須賀港を新たに米原子力空母の母港とすることを明らかにした。横須賀の市民団体および市当局が以前から計画を察知し、原子力空母は容認できないとの意志を政府および米国にも伝えていた経過を一切無視しての「合意」であった。
原子力空母の母港化に反対する理由の一つは、空母搭載の原子炉が事故を起こしたときの住民への被害という、新たなリスクが生ずるからである。本報告はそのリスクの実態を、ごく大まかにではあるが見積もり、本計画が無謀であること、従って計画は撤回されなければならないことを明らかにするものである。


1.原子力空母の原子炉の特性

 事故の様態・規模を推定するには原子炉の規模・構造などに関する所見が必要である。しかし原子力空母に関してはこれらの情報は軍事機密とされ、日本政府といえども知らされないまま受け入れを判断したのが実態である。ここでは、次のように大まかな仮定を置いて検討を進める以外に方法はない。
1)熱出力の規模は100万キロワット程度の加圧水型軽水炉とする。
2)空母としての機能を最大限発揮する必要から、炉の格納はコンパクトを旨とすること
から、船体そのものの一部であろうこと。
3)炉心の小型化と燃料交換期間をおよそ20年と長くする必要から、高濃縮度ウラン(97%)を採用していること。
 このように、日本の発電用原子炉との違いがあり、その安全性についての評価は困難である。しかしながら、次の懸念材料が挙げられる。
1)このような炉に関しては、日本の原子力関連法制にもとづく安全審査を一切受けない、いわば「治外法権原子炉」である。
2)燃料交換期間が長いことは核分裂生成物質「死の灰」の蓄積が巨大になりうることを意味し、事故による放出量が拡大する恐れがある。
3)一般に、軍用の船舶は戦闘能力を優先することから安全性は軽く見られる傾向がある。
4)弾薬類・航空機用燃料などの危険物と同載されていることは考慮されねばならない。


2.事故被害推定の基礎となる歴史上の事故

 原子炉の過酷事故が実際に起こった例の一つは「チェルノブイリ原発事故」である。事故炉の定格熱出力は100万キロワットで、空母用原子炉と同格である。被害の主要な点は、
1)事故後の数日間に、30 km圏内の住民11万6千人が避難させられた。
2)当初、死亡者数は発電所職員と消防士の31名と発表された。
3)ウクライナ保健省の発表。原発敷地内で事故の清算活動に従事した人々(リクヴィダ
ートルと呼ばれている)80万人のうち2万5千人が被曝のため死亡。社会組織「レク
ヴィダートル委員会」の情報では死亡10万人。
4)健康被害を受けた被曝者145万人の名簿を作成した(ロシア保健・社会発展相発表
05.4.11)。
5)320万人が被曝者(ウクライナ政府04年発表)。
6)事故当時、風下に当たったベラルーシの被曝者は数十万人の可能性。
7)広範囲の農産物汚染。日本でも多品目の産物の輸入禁止措置が執られた。


3.首都圏の社会環境
 
 横須賀港で空母の原子炉が過酷事故を起こした場合、考慮すべきはチェルノブイリとの社会環境の相違である。横須賀を中心に考えられる首都圏の特徴点は次のようである。
1)日本の人口密度は、人口1千万人以上の独立国中4番目で、340人/km2である。
2)日本の中では東京都が最大で5,517人/km2、全国の16.2倍、神奈川県は3位で全国の10.3倍、埼玉県は4位で5.4倍、千葉県は6 位で3.4倍と、「8都県市」は全国でも極めて人口が密集した地域である。しかも同地域の絶対人口は3,340万人に達する(いずれも2000年国勢調査より)。
3)横須賀から半径30 km以内に含まれる人口は650万人をくだらない。
4)東京湾岸に沿う地域は昼間人口が著しく増加する。それは、日本の政治機能の中枢、経済・産業・流通の集中、代表的巨大企業の本社機能、財界のナショナルセンター、国際的金融市場のセンター、交通・通信網の密集地域、2つの国際空港、東京湾岸の港湾施設、東京湾相模湾の漁業と近郊農業、学術・文化・教育機能の集中、等々から、国家的・国際的機能の集積された地域だからである。


4.東京湾で原子炉の過酷事故が発生した場合の被害想定

 以上に述べたような地域が、空母の原子炉事故による放射能汚染に曝されることを考えてみよう。
1)数百万人の住民の速やかな避難行動が保障されなければならない。避難民の受け入れと支援がなされなければならない。 避難に遅れた人々の救出がなされなければならない。大量の放射線被曝者に対する医療がなされなければならない。放射能汚染の実態を調査し、情報を広く伝えねばならない。ただし通常の放送機能は麻痺していることもあり得る。
2)事故炉からの放射能流出を停止させる作業がなされなければならない。汚染放射能の除去、都市の諸機能の回復が図られなければならない。死者、障害者、遺族、孤児、等への保障がなされなければならない。
3)放射能汚染の除去を達成し、首都機能の回復までの期間に、代替機関を設立し、機能
させなければならない。などなど・・・・。

 これらの諸々の困難な課題を想定するにつけても、あまりにも過酷な被害にどう対処できるのか、途方に暮れるだけである。横須賀を原子力空母の母港として提供することが国家的見地からも無謀なことは、もはや明らかである。いやしくも、 日本の政財界の中心を占めると自認する歴々こそ、率先して計画を撤回すべきではなかろうか。