2010年大会INDEX
2010年日本平和大会in佐世保 国際シンポジウム パネリスト発言

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李 俊揆(イ・ジュンキュ)


危機の朝鮮半島、問われている東アジアの持続可能な平和への意志と平和の力


 去年に続き、平和大会にお招きいただきありがとうございます。
 韓国から来ました李俊揆と申します。
 皆さんご周知のとおり、北朝鮮による韓国西海-黄海-の島「ヨンピョン島」への砲撃事件以来、朝鮮半島と東北アジアの緊張が高まっています。1973年生まれであり、朝鮮戦争を体験しなかった私にとって、北朝鮮のヨンピョン島砲撃はショックです。
 私が生まれてから、何回にわたる南北の軍事衝突はありましたが、それらは休戦ライン周辺の偶発的かつ局地的衝突か、南と北が争っている境界線の海域において軍と軍のあいだの衝突に止まりました。しかも私の前世代にとっても、朝鮮戦争以来、北朝鮮が民間人の居住している地域を攻撃したのは始めての体験であります。


蘇る「容赦なき戦争(War without Mercy)」への記憶

 北朝鮮は韓国軍が海の境界線付近で軍事訓練を行なっていたことに対して、自衛権を行使しただけであると主張しています。そして北方限界線(NLL)は韓国側と米軍側の一方的な主張であり、北朝鮮の領域に該当すると主張しています。しかし自分たちの主張を貫徹するためには武力挑発も辞さないという彼らの態度は韓国社会からも、国際社会からも支持を得られない無謀な行為であります。
 特にそのような武力挑発が、ある瞬間全面戦に発展してしまう可能性を誰も否定できないなのであります。だとえば、韓国軍は北朝鮮軍との軍事衝突がある度に、交戦守則を攻勢的な方向に変えています。今回の事件で韓国軍の交戦守則はもっと攻勢的に変わると思います。
 今回の挑発には、彼らが主張し続けてきた平和協定の交渉を強制しようとする狙いがあると思われます。朝鮮半島の不安定を劇的に示して韓国や米国を交渉に引き入れようとしているのではということです。しかし北朝鮮の行動は朝鮮半島での平和協定の環境作りではなく、むしろ戦争の危険性をエスカレートさせている自己矛盾の結果をであります。

 時間の流れというのは物理学的に考えると、自然なものと考えられる現象(phenomenon)かもしれません。しかしその時間の流れに意味を与え、「歴史」として記憶するのは我々人間の「特権」ではないかと思います。ところで人間がそのような特権を持つ資格があるとすれば、その特権に相応しい何かが必要であり、その「何か」というものは歴史から教訓を得て、その教訓に基づき今日と明日の歴史を作り出していく「省察的思考(reflexivity)」の能力であると私は信じています。
 今年は朝鮮戦争60周年でもあります。北朝鮮の政権エリートたちには、「民族解放戦争」「統一戦争」という名分で、「同族相残(そうざん)」・「同族虐殺」という結果を生み出した戦争を起こした歴史的責任があります。彼らに、何よりも必要なのは、歴史から教訓を得る思考能力ではないでしょうか。


覇権へのノスタルジア、同盟政治の復活

 武力挑発は北朝鮮の要求している6者会談の再開にも、朝鮮半島平和体制のための平和協定交渉にも、米国や日本との関係正常化にも悪影響を与えています。中国の提案している6者会談の首席代表緊急会合は、韓国をはじめ米国と日本によって受け入れられていない状況が続いています。
 むしろ黄海での韓米合同軍事訓練をめぐった米中間の神経戦は、東アジアに「新冷戦」が渡来するかもしれないという危機感を呼び起こしています。「新冷戦」までは悪化しないかもしれませんが、G20サミットを前後にした経済面での米中の葛藤が政治軍事面へ拡大しているのは明らかであります。米国は韓国の要請に応じるかたちを取りながらも、原子力空母ジョージワシントンも参加した大規模の軍事訓練が中国への圧力であることを否定していません。言い換えれば、米国は韓国の要請に答え、韓国に対する安全保障のコミットメントを誇示し、それと同時に中国に対するけん制を図る一石二鳥の効果を得ているのであります。
 それに加えて、領土紛争によって中国に対しての不満が溜まっている日本が参加し、黄海をめぐる「ミニ冷戦」の構図が浮上しています。そのような対立関係が全面に浮上すれば、問題の解決はいっそう難しくなります。北朝鮮問題が、米中間の問題になり、日中間の問題や日本問題になり、韓中間の問題になってしまうからであります。

 韓国と日本は、米国との連携を強化しています。米国にとってはこの地域における軍事的プレゼンスの意味をアピールするチャンスが与えられたとも言えるでしょう。原子力空母ジョージ・ワシントンの前進配備の必要性も韓国や日本にアピールしているのです。韓国と日本は米国の覇権への依存を通じて安堵しようとしているのです。
 もちろん今現在の東北アジアの構図は北朝鮮が招いたことであるのは否定できません。しかし正確に言えば、北朝鮮が韓国と日本の同盟政治強化のアリバイを提供しているといえるでしょう。
 ところでそのような同盟への執着が北朝鮮の局地的挑発を抑止できるのでしょうか。だとえば、北朝鮮がまた局地的に武力挑発をしたとしても、原子力空母を動員して報復するという状況が想像できるのでしょうか。
 もっと根本的な問題は、米国の覇権の亡霊を抱きしめ同盟政治へ執着するのは冷戦の遺産に新しい生命力を吹き込むことになるということであります。韓国の場合、イ・ミョンバク政権登場以来、対北朝鮮強硬政策に呼応しない中国に対する不満が、政策エリートや保守的専門家のなかで高まってきました。彼らは「チョンアン沈没事件」や「ヨンピョン島砲撃事件」をきっかけに韓米同盟をいっそう強化し、中国へ圧力をかけるべきであるという考えを持っています。
 しかし国際関係は、すべての関係のように、相手がありその相手との相好作用によって成り立つものであります。一方の同盟政治は他方の同盟政治を招くことになります。韓国、米国、日本は、中国が北朝鮮の見方をするからというかもしれませんが、中国からすると、米・日・韓の同盟強化に対しての戦略として、北朝鮮やロシアとの連携を強めるという論理になります。前とは違って、最近の中国は「大国外交」といって、米国や周辺国との葛藤のなかで、攻勢的に出るケースが増えています。同盟の強化は、また同盟の強化を招きます。その結果はお互いの敵対的関係の拡大再生産なのであります。
 今回の韓米合同軍事訓練もそうです。韓国と米国は、中国が一番嫌がっている黄海での合同軍事演習を実施しながら、北朝鮮制裁に参加するよう中国に要求しています。その反面、6者会談首席代表緊急会合は、韓・米・日がそろって拒否しています。しかし紛争の平和的解決のための制度が整っていない東北アジアで、6者会談の本会談ではなく、緊急会合を開いて、問題の是非を議論し責任を追及するのは、もっと効果的な対応であると見られます。


What is to be done?

 今回の平和大会のメインスローガンは「核兵器も基地も軍事同盟もない平和な日本とアジアを」です。今現在の朝鮮半島や東北アジアの情勢をみると、現実からかけ離れた話に見えるかもしれません。特に最近の韓国では、イ・ミョンバク政権以来断絶した北朝鮮との対話を復元しなければならないという主張すらその立場が弱まっています。
 にもかかわらず、我々が直視すべきところがあります。今回の「ヨンピョン島砲撃事件」は現在も温存している冷戦構造と冷戦時代の考え方の生み出した事件であることです。朝鮮半島の分断が冷戦の産物であることを言おうとしているわけではありません。西海の北方限界線の問題は朝鮮戦争の遺産であり、冷戦時代の南北対立関係の遺産なのであります。その過去の影が、現在の政策決定を妨げています。
 西海の北方限界線の問題は解決の道筋が見えてきたことがあります。前政権であるノ・ムヒョン政権の時代、2007年10月4日、南北の首脳は共同宣言で「西海平和協力地帯」建設を合意しています。それは西海の北方限界線の周辺海域や地域を、紛争の地域ではなく、南北共同利用と繁栄の地域にしていきたいという双方の意志の表現でした。
 しかし韓国の保守右翼勢力はその合意を、北朝鮮に対する譲歩であると非難しました。イ・ミョンバク政権は前政権の対北朝鮮政策の全面的な見直しをかかげ、北朝鮮と前政権(キム・デジュンとノムヒョン政権)の諸合意を破棄しました。イ・ミョンバク政権の対北朝鮮政策の中身は、米国・日本と連携し、特に強い軍事同盟を基盤にし北朝鮮が屈服することを待つことです。米国と韓国は、これを「戦略的忍耐(Strategic Patience)」と呼んでいます。
 その中で起きた事件が今回の「ヨンピョン島砲撃事件」なのであります。今回の事件は冷戦時代の考え方が招いたことであるとしても過言ではありません。しかしイ・ミョンバク政権はその事件に対して、また冷戦構図の復活によって対応しているのであります。朝鮮半島だけではなく、東北アジアの歴史の時計を後戻りさせる行動です。政策の失敗を認めず、米国の軍事力に頼り大規模の軍事演習で錯視現象を起こそうとすることにすぎません。
 今回の事件で、実感したのは朝鮮半島の平和協定の必要性なのです。「北朝鮮が主張しているから、いや!」という単細胞生物のような反応ではなく、朝鮮半島の平和管理や平和維持―Peace Keeping、そして持続可能な平和を作るーPeace Making-のためには一体何が必要なのかを真摯に考え、その課題を現実に移すために取り組むべきであります。

 もう一つは東アジア多国間協議の枠組みの必要性であります。現在のイシュー(問題)のためにも、将来の平和な秩序のためにも東アジアに求められているのは、二国間の軍事同盟ではなく、多国間協議の枠組みであります。
 北朝鮮の問題だけではありません。東アジアは少なくない紛争の火種が存在しています。米中間の対立、ヨンピョン島事件の前に注目を浴びていた日中の領土紛争、中国と台湾の問題などの紛争を予防し、紛争が起きたときは平和的に解決する枠組みを作り出すべきであります。
 6者会談は北朝鮮の核問題をきっかけに始まったのですが、その進展とともに、6者会談の成果を踏まえて多国間の安全保障協力の枠組みを作り出していこうとするコンセンサスがありました。6者会談は、最近北朝鮮が米国の専門家に公開した「ウラン濃縮」問題の緊急性を考えても早急再開すべきでありますが、東アジアの将来のためにも成果を出し多国間協力の枠組みとして発展させていかなければなりません。
 問題は、「解決をめざす行動」を取っていく時に、解決できます。しかし紛争が起きる度に、冷戦時代の記憶やその遺産に頼るのは、問題を解決するより悪化させてしまうのであります。
 このような状況であるからこそ、我々の平和への意志、それからその意志を実現できる平和の力が求められているのではないでしょうか。それを今回集まっていただいた皆さんと共感できればと思います。
 ご静聴ありがとうございました。